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一関簡易裁判所 昭和36年(ろ)3号 判決

被告人 菊地五郎

昭三・四・二一生 農業

主文

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納できないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対しては、選挙権及び被選挙権を停止する旨の公職選挙法第二五二条第一項の規定を適用しない。

訴訟費用中証人菊池隆一、同千葉利孝及び同松川銀治に支給した全額、並びに証人熊谷佼一、同藤野耕平、同伊藤留治、同佐山ミサヲ、同千葉孝雄及び同小野寺良吾に支給した分の各二分の一を被告人の負担とする。

理由

(事実)

被告人は、昭和三五年一一月二〇日施行の衆議院議員総選挙に際し、岩手県第二区から立候補した椎名悦三郎の選挙運動者であるが、

第一、同候補の立候補届出前である昭和三五年九月下旬頃から同年一〇月二八日頃までの間、別表記載のとおり岩手県東磐井郡藤沢町横海字町裏三〇三番地熊谷佼一方外五ヶ所において椎名候補に当選を得しめる目的を以て、右熊谷佼一外五名に対し、椎名悦三郎が立候補した暁には同候補を支持応援して貰いたい旨依頼し、以つて同候補の立候補届出前に同候補のための選挙運動を為し、

第二、

一、同年一一月二日頃同郡東山町共済組合事務所において、高橋大蔵に対し同候補の選挙運動のために使用する法定外文書たる同候補の氏名入りの無検印ポスター四枚を、

二、前同日頃同町大原字中島九番地の三佐山ミサヲ方において同人に対し右の無検印ポスター五枚を、

頒布したものである。

(証拠)(略)

(適条)

法律に照らすと、被告人の判示第一の各所為は包括して公職選挙法第一二九条、第二三九条第一号、罰金等臨時措置法第二条に、判示第二の各所為は包括して公職選挙法第一四二条第二四三条第三号に各該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、右は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により各罰金の合算額の範囲内(但し後者の最寡額以上)で被告人を罰金五千円に処することとし、同法第一八条に従い右罰金を完納できないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により公職選挙法第二五二条第三項を適用して、被告人に対し同条第一項の選挙権及び被選挙権の停止の規定を適用せず、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り、主文末項のとおり被告人にその一部の負担を命ずる。

(無罪部分に関する判断)

一、本件公訴事実中、被告人が

(一)  昭和三五年一〇月四日頃岩手県東磐井郡大東町摺沢字金山沢一九番地菊池穰方において、情を知らない菊池茂子を介し、右穰に対し、

(二)  同月中旬頃同郡藤沢町横海字古堂一七八番地岩渕信郎方において、同人に対し、

(三)  同月一八日頃同郡川崎村門崎字銚子六九番地小野寺宗夫方において、同人に対し、

(四)  同月下旬頃同郡藤沢町大籠字下野在家四〇番地千葉隆志方において、情を知らない千葉テルを介し、右隆志に対し、

(五)  同月二四日頃同町字天沼一五三番地の四岩渕義直方において、同人に対し、

それぞれ椎名候補に当選を得しめる目的を以つて、椎名候補の支持応援等の選挙運動方を依頼し、その報酬として金二百円相当の菓子箱一箱を各供与すると共に、立候補届出前の選挙運動をしたとの点につき判断する。

被告人が右日時に右五名方を訪問し、岩渕義直を除くその余の者に対し、右のとおり直接又は間接に菓子箱一箱を各供与した事実は、被告人自らも認めるのみならず、関係各証拠に照らして容易にこれを認めることができる。しかしながら、その際被告人が右岩渕義直以外の四名に対し、明示的或は黙示的に椎名候補を支持応援して貰いたい旨の依頼をする等、客観的に選挙運動と認めるに足る行為に出た事実は証拠上明らかでなく、従つて菓子箱の供与が右の依頼に対する報酬の趣旨に出るとの事実も亦認めるに十分でない。尤も小野寺宗夫に対しては、被告人はその際椎名候補の写真入りの「政治と国民」と題するパンフレツト約五〇部を手交し、これを椎名後援会員に配つて貰いたい旨依頼したことが証拠上明らかであるが、右の配布が選挙運動にあたることについての立証は十分でない以上、右の依頼を以つて直ちに事前の選挙運動と断ずることはできないのである。

次に被告人の岩渕義直に対する買収及び事前運動について案ずるに、証拠上検察官主張日時には同人は不在であり、同人は後刻家人から被告人の来訪と菓子箱の供与を知らされたことが認められ、右認定に反する同人の検察官に対する供述調書記載はたやすく措信することができない。従つて訴因に拘束される裁判所としては、その変更の手続等を経ることなく直ちにこれから間接正犯の事実を認定することはできないのみならず、仮にこれを積極に解するとしても、被告人が右岩渕の家人に対し、明示的或は黙示的に椎名候補の支持応援方を依頼する等、客観的に選挙運動と認めるに足る行為に出た事実は証拠上明らかでなく、従つて又菓子箱の供与が右依頼の報酬の趣旨に出るとの事実も認めることができないから、結局右事実の証明は十分でないといわざるを得ないのである。

二、本件公訴事実中、被告人が判示第一の事前運動をした際、その各相手方に対し(小野寺良吾に対しては情を知らない小野寺つね子を介して)、右依頼の報酬として金二百円相当の菓子箱一箱を各供与した旨の事実について判断する。

被告人が判示事前運動の際、その相手方に対して右の菓子箱を各供与したことは被告人もこれを認めるところであり、その他関係各証拠によつて十分これを認めることができる。しかしながら、右の供与物は金二百円相当の手土産程度のものであること、被供与者のうち佐山ミサヲは椎名候補の幼少時からの故旧にして、且つ熱心な同候補の支持者であり、被告人も訪問前からこれを熟知していたこと、又同人は中流以上の生活を営んでおり、右の程度の供与により同人の選挙に対する公正な判断を失わしめ得るとは考えられないこと、その余の被供与者は、或は現藤沢町議会議員、或は旧磐清水村議会議員、或は農業協同組合理事等の職にあつて、いずれもその居住町村若しくは部落において社会的、政治的に指導的立場にあり、その経済力も中流以上の状態にあると認められる以上、未だ無名にして若輩の被告人が為した右の程度の供与により、彼等の歓心を買い、選挙に対する公正な判断を失わせる可能性があるとは到底考えられないこと、旧知或は初対面に拘らず、他人の家を訪問する際右の程度の手土産を持参することは、わが国の社会風習上聊かも奇異でないこと等を綜合判断するとき、右の供与に椎名候補のための選挙運動又は同候補の支持応援に対する謝礼若しくは報酬としての意義を認めることは不合理であり、むしろ右は通常の社交的、儀礼的な贈答の範囲に属すると認めるのが相当である。

三、本件公訴事実中、被告人が昭和三五年一一月上旬頃表記被告人方において、藤原軍治に対し判示第二の法定外文書たる無検印ポスター約一〇枚を頒布した旨の点について判断する。その頃右藤原が被告人方において右ポスターの頒布を受けたことは、関係証拠上明らかであるが、右頒布が被告人自身若しくは被告人の意を受けた何人かによつて為された旨の立証は十分でないから、結局事実はこれを認めることができない。

四、以上のように、本件公訴事実中右の第一項及び第三項判示の各公訴事実については犯罪の証明が十分でなく、又第二項判示の公訴事実は罪とならないものであるから、右の各事実については被告人は無罪というべきである。しかしながら右の各公訴事実中、事前運動の事実は判示第一に認定した事前運動罪と包括一罪の関係にあるものとして、買収の事実は事前運動の諸事実と一所為数法の関係にあるものとして(即ち全体として包括一罪となる)、法定外文書頒布の事実は判示第二に認定した法定外文書頒布罪と包括一罪の関係にあるものとして各起訴されたものと認められるから、特に主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 松本一郎)

(別紙犯罪一覧表略)

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